「なあ、なんでカカシ先生あんな怒ってんだ?」
ある秋も深まった日の午後、ナルトはサスケに呟いた。
「さあな」
すんなりそう答えたサスケも、ぎこちない表情。
サクラはサクラで少し離れた場所でカカシを見つめている。
その様子の通り、カカシは機嫌が悪かった。
虫の居所が悪いとかでなく、怒っている。
それが、はっきりと見てとれた。
胸中見せない、無表情でつかみ所のないカカシは今ここにはいない。
無論、そんなカカシを見た3人の部下は、距離をおいた場所でカカシを見つめている。
発端は前日の夜。
夜を共にしていた相手に言われた一言から始まった。
自分には恋人はいない。
女に不自由した事がないから、特定の相手なんて必要がない。
シタい時にする。
ただそれだけだった。
イルカに惹かれたのはひょんな事で。
任務報告行くと、よくいる中忍に気が付いた。
忍にはいないような明るい笑顔。満面の笑みでいつも向かえてくれる。
里内外でも有名なカカシは距離をおかれるのがいつもの事だった。
なのに、その笑み。
男が自分に愛嬌を振りまくのは体目当てだと思っていた。
だから、あの時。
アカデミーの外で初めて会った時。
「カカシ先生、もうお帰りなんですか?」
報告所にいる時と変わらない笑みを見せた時。
誘ってんのか、この人は。
そう解釈して、カカシはイルカを家に招いた。
何の疑いもなくついて来て、警戒もせずに家に入る。
女を誘うのと同じ様に酒を勧めて。
その夜イルカを抱いた。
思ったより善かった。
昼間に見せる事のない、声や表情をカカシ自身気に入った。
ただそれだけだった、-------はずなのに。
気が付けば毎晩イルカの家に足を運んでいた。
抵抗することのないイルカ。
今まで感じる事の無かった、“何か”に気が付きはじめていた。
「は・・っ・・・う・・ん」
快楽に呑まれそうになりながら、イルカの声が紅い唇から漏れる。
「カ・・・カカシ・・さ・・」
限界だと告げるように苦しそうに呟き、カカシの背中に爪を立てる。
上気した頬に口づけて、更にイルカの奥に激しく突き上げた。
「・・・最近」
汗の引かない体を弄ぶようにして、カカシはイルカの髪を撫でていた。
イルカはいつもそのまま眠ってしまうはずなのに。
その声に、イルカに触れていたカカシの指がピクリと動いた。
「なに?」
「・・・最近、すぐに帰らないんですね」
少し掠れた声でいて、しっかりと聞こえた。
「さあ、今はこうしていたい気分なんで」
再び訪れた沈黙の中、イルカが口を開いた。
「帰ってください」
「なんで?」
「ここにいる必要ないじゃないですか」
むくりと起きあがったイルカは真っ直ぐカカシを見つめる。
光のない闇の中、月の光にイルカの肌が浮かび上がった。
「何のために、ここに来たんですか」
「・・・はあ。突然なに言い出すの?」
何を言いたいのか考える気にもならなかった。
というか、意味が分からない。
気持ち善くなった後に、相手にどうのこうの言って欲しくない。
どんな理由があって自分につっかかるのか。
カカシは眉をひそめた。
何か言おうとしてるのか、言えないのか。
俯いて黙ってしまったイルカの頭をぽんぽんと触る。
「・・・イルカセンセー?」
「・・・どうせ・・性欲処理のために抱いてるんでしょう?」
ソレ、どういう意味?
ガン、と頭に重い衝撃が走った。
目の前にいるイルカが突然豹変した怪物のようにも思える。
闇に輝いている目が、カカシを睨み付けている。
異様な胸のむかつきがカカシを襲う。
気が付けばイルカの腕を掴んでいた。
「っ、いた・・っ」
加減のない力にイルカの顔がゆがむ。
既に慣れているイルカの最奥は、簡単にカカシの指を入り込ませる。
「あっ!?・・・やめっ」
2本、3本と増えた指は止まることがない。
ぐちゅぐちゅと音を立てて、くわえ込んでいる。
「じゃあ、アンタは何で俺とヤッてるの?」
イルカの耳を咬み、荒い息と共に言葉を呟く。
熱い息に、イルカが体を捩った。
答える間を持たせずに、指を引き抜き、熱く猛ったカカシ自身をねじ込む。
「はぁ!・・あぁ・・・や・・・」
イルカの答えは聞かない。
何度も、奥へと突き上げる。
「ねえ。・・・・・・何で?」
頭を振っているイルカを見つめながら、カカシの目は紅く光っていた。
***
じゃあ、何て言えば良かった?
どうしたらあんなに怒らなかった?
あの目。
あの時俺を見たあの目。
怒りなのか悲哀なのか。
酷く自分を責めているように睨んで。
・・・・くそっ。
カカシは眉をひそめて押し黙った。
「・・・カカシ先生」
「あ?」
気配に気が付いて、顔を上げる。
無意識にした返事とカカシの顔に、ナルトの引きつった表情が目の前にあった。
「ああ、・・・・なんだっけ。もうそんな時間か?」
「・・・・さっきそう言ったってばよ」
「そっ、そうよ。もうこれで終わりならアカデミーに戻りましょうよ」
ナルトの後ろに隠れていたサクラも、言葉に付け加えた。
部下にこんな顔されてるようじゃぁ・・・ねぇ。
自分の感情を表に出していたのだと、やっと了解したカカシは3人を眺めて小さくため息を付いた。
「カカシ先生。なんでそんな怒ってんの?」
アカデミーまでの帰り道、やっと聞きたかった事をナルトは口にした。
「さあね、分からん」
自分でも不透明な原因と不愉快な思いに、カカシはそっけなく答える。
「ふーん。・・・誰かと喧嘩したとか?」
両手を後頭部で組みながら、うっすらと核心を突いたような言葉。
返事をしないカカシを、ナルトは少し目を開いて見上げた。
「えっ、カカシ先生喧嘩して機嫌悪かったの?」
サクラがナルトの横からぴょこんと顔を出した。
いつのもカカシに戻ってきたので安心したのか、興味をそそられただけなのか。
サクラはナルトとは反対側に、カカシの横についた。
「そういえば、イルカ先生も機嫌悪かったなあ」
思い出した様にナルトが呟いた。
「・・・イルカ先生が?」
「うん。朝会ったんだけど、挨拶しても素っ気なかったんだ。・・・疲れてんのかなあ」
「・・・ふぅん」
ふっかけてきたのは、イルカ自身なのに。
機嫌が悪いもないもんだ。
「イルカ先生が怒るなんて、よっぽどよね」
「ただ単にお前がうざかっただけだろ」
「ああ!?」
サスケの言葉に、目をつり上げてナルトが睨む。
まあまあ、とカカシが片手で二人の間を離した。
「それに目がすごく赤かったんだ」
「それって機嫌が悪いんじゃなくて、泣いて元気が無かったんじゃないの?・・・まったくナルト。あんた何見てるのよ」
昨日のイルカの目を思い出してカカシは空を見上げた。
怒っていたのは分かるが。泣くほどだったのだろうか。
そんな風に相手を泣くまで怒らせた事はなかった。
お互い同意の元でしてたんじゃないのか。
それともずっと嫌々従ってただけなのか。
直接聞けば済むんだろうけど。
今はイルカと口を利くのも面倒くさい。
頭が、この不快な気持ちと疑問でぐしゃぐしゃだ。
重い足取りのままアカデミーに入る。
そうか、ここでいつも会ってたんだっけ。
報告所に入ってイルカに気が付いた。
イルカもカカシに気が付いていない。
ナルトに聞いた通りいつもの笑みは無く、頭を垂れて机を見つめていた。
3人いる中、迷うことなくイルカの前に立って書類を置いた。
「・・・あ、ごくろうさまです」
その報告書に顔を上げる。
瞬間、イルカの目が大きく開いた。
瞬きすることなくカカシを写している。
目が赤い。
誰が見ても一目で分かる。
きっとアカデミーでも泣いたんだろう。
声をかける言葉も無く、そんなイルカに眉をひそめた。
泣かしたのは自分だ。
そのくらい分かる。
でも、俺を不快にさせたのはイルカで。
そのイルカの言葉を、ふと思い出した。
目の前で泣きそうな顔で報告書に目を通しているイルカと、昨日のイルカと何ら違うわけでもない。
それでも、本当にこのイルカが言ったんだろうか、とさえ思えてくる。
「任務、ご苦労様でした。報告書、承りました」
精一杯作った笑顔。
無表情に見つめたまま、イルカを見下ろして。
「イルカセンセー、今夜ひま?」
気が付いたら、口が開いていた。
「は?・・・・・」
カカシの言葉に赤い目がぱちくりする。
「今夜暇かって聞いてるの」
「え、・・・」
「校門の前で待ってますから」
驚いた顔のままイルカは固まって。
カカシは、そのまま報告所を後にした。
普段からつかみ所のないカカシの言動に対して、誰も気には留めない。
もちろん、カカシ自身気にもしていない。
定時後から2時間。日も暮れて闇が里を包み始める。
疎らにいた教師も消え、誰一人通らない。
自分を避けて別の道から帰ってしまったのか。
しかたないと、アカデミーに背を向けて歩き始めた時。まもなく駆けてくる音が聞こえて。それがイルカだとすぐに分かった。
振り向こうとして、がしっと強く肩を掴まれ、思わず身体がよろめいた。
「今日は当番で遅くなる日だったんです!」
苦しそうにして息を吐きながら。カカシを怒ったように見ている。
「あと、あんな場所でやめてください!」
泣き顔見せてたイルカが、今みじんにもない。
どうしてこの人はこんなに勝手なのか。
たぶん、向こうもそう思っているだろうイルカを見つめた。
「赤い目」
イルカはハッとして、指摘された目を隠すように俯いた。
「あなたとは関係ありませんから」
嘘。
カカシは心の中で呟いた。
嘘だと分かっているはずなのに、イルカの言葉が冷たく感じる。
そう、傷ついている。
言葉のないセックスはいつものことで。
それだけで満足していたのに。
この人は違った。
最初に体の関係を持ったあの日から、イルカの様子をさぐっていた。
この人は自分以外の人とも、俺と同じような関係をつのだろうか。
気が付いたら毎日イルカの元に通っていて。
繋がりを絶ちたくなかった。
「あなたが好きだから」
カカシはボソリと呟いた。
何を言ったのかと、イルカは眉をひそめてカカシを見る。
黒く、真っ直ぐな瞳。
自分だけを写している。
この人を他の人なんかに渡したくない。全て自分の物にしたい。
そう思った時、カカシは笑っていた。
独占欲の塊の自分があまりにも子供過ぎて。
「なんで笑うんですか?」
強い眼差しのまま、じっと見つめられる。
「・・・辛い思いさせてすみませんでした」
その言葉に、ポカンと口を小さく開けて、みるみる顔が赤くなっていくのが分かった。
ものすごく困ったような、嬉しいような、怒っているような。
体は素直なくせに、言葉には上手く出せないのは分かっている。
口をくの字にして俯いたまま動かない。
「あなたが好きなんです。だから毎日会いに行ったんです」
俯いたままのイルカを見つめて。
きっと笑ってくれるんだだろうと思った。
あの笑みで、自分を見つめてくれるのだと。
なのに、イルカは顔をしかめたまま動かない。
「イルカ先生?」
ひょいとのぞき込むと。
固く結んでいた唇が震え、目には涙が溜まり今にも零れんばかりに潤んでいる。
すごく悲しい顔をして。
「イルカ先生・・・?」
自分が酷く狼狽しているのに気が付いた。
目の前でイルカが泣いたのは初めてだ。
零れてきた涙がイルカの頬をつたう。
「すいっ、・・・ませ、ん。あなたがそんな事言うなんて、おも、わなくて」
苦しそうに言葉を詰まらせながらイルカが口を開いた。
手の甲で涙を拭いて、小さく体を震わせている。
恐る恐る、カカシは手を伸ばしてイルカの肩に触れた。
ビクと、イルカの体がはねる。
「あなたが何を考えてるのかか・・・分からなかった。すごく・・・・怖かったんです」
そのイルカの言葉を聞いた途端、きゅうと胸が苦しくなった。
こんな事は初めてで、カカシは両肩を包み込みようにしてイルカを胸に抱き込んだ。
「ごめんね、イルカ先生。泣かないでください」
ゆっくりとイルカの背中を撫でても、すぐに涙が止まるわけでもなく。
カカシに抱き込まれたまま、しゃっくりをして鼻をすすって。
「・・・俺も正直不安だったんです。あなたは俺以外の人ともこうやって関係をもつのかと思って」
その言葉にイルカの体がピクリと動いた。
「あなたは誰にでも優しいから」
「そ、そんな優しいだけで・・・っ、他の人となんか・・・」
「でも分からなかったでんです。あなたの気持ちも分からなかった。お互いに苦しんでいた。・・・でしょう?」
ぐずぐずと鼻を煤って、イルカは黙って聞いている。
暖かいイルカを抱きしめながら、自分の心がすごく溶けていくのが分かった。
人にこんなに優しく出来るなんて、思わなかった。
でも、それがすごく心地良い。
自分の事で泣いている。いけない事だと思うのに、すごく嬉しい。
「今日家に寄ってもいいですか?」
頭を優しく撫でながら問いかけると、少し間をおいて微かにイルカは頷いた。
イルカの両肩を掴んでゆっくりと自分の胸から離す。
濡れている瞼、頬に唇で触れて。まだ少し震えている唇を塞いだ。
柔らかい唇をお互いに貪って。
唇を離すと、イルカがはにかむ様に微笑んだ。
その顔は初めてみた笑顔で。
生徒にも、他のイルカの同僚にも、きっと誰にも見せた事のない表情。
自分にだけ。
そう思うとなんだか悔しくなる。
何で早くこうしなかったんだろう。
そしたらこの人の笑顔をもっと先から独り占めできたのに。
もう一度その想いを確かめるように、カカシはゆっくりと愛おしい人を抱きしめた。
ある秋も深まった日の午後、ナルトはサスケに呟いた。
「さあな」
すんなりそう答えたサスケも、ぎこちない表情。
サクラはサクラで少し離れた場所でカカシを見つめている。
その様子の通り、カカシは機嫌が悪かった。
虫の居所が悪いとかでなく、怒っている。
それが、はっきりと見てとれた。
胸中見せない、無表情でつかみ所のないカカシは今ここにはいない。
無論、そんなカカシを見た3人の部下は、距離をおいた場所でカカシを見つめている。
発端は前日の夜。
夜を共にしていた相手に言われた一言から始まった。
自分には恋人はいない。
女に不自由した事がないから、特定の相手なんて必要がない。
シタい時にする。
ただそれだけだった。
イルカに惹かれたのはひょんな事で。
任務報告行くと、よくいる中忍に気が付いた。
忍にはいないような明るい笑顔。満面の笑みでいつも向かえてくれる。
里内外でも有名なカカシは距離をおかれるのがいつもの事だった。
なのに、その笑み。
男が自分に愛嬌を振りまくのは体目当てだと思っていた。
だから、あの時。
アカデミーの外で初めて会った時。
「カカシ先生、もうお帰りなんですか?」
報告所にいる時と変わらない笑みを見せた時。
誘ってんのか、この人は。
そう解釈して、カカシはイルカを家に招いた。
何の疑いもなくついて来て、警戒もせずに家に入る。
女を誘うのと同じ様に酒を勧めて。
その夜イルカを抱いた。
思ったより善かった。
昼間に見せる事のない、声や表情をカカシ自身気に入った。
ただそれだけだった、-------はずなのに。
気が付けば毎晩イルカの家に足を運んでいた。
抵抗することのないイルカ。
今まで感じる事の無かった、“何か”に気が付きはじめていた。
「は・・っ・・・う・・ん」
快楽に呑まれそうになりながら、イルカの声が紅い唇から漏れる。
「カ・・・カカシ・・さ・・」
限界だと告げるように苦しそうに呟き、カカシの背中に爪を立てる。
上気した頬に口づけて、更にイルカの奥に激しく突き上げた。
「・・・最近」
汗の引かない体を弄ぶようにして、カカシはイルカの髪を撫でていた。
イルカはいつもそのまま眠ってしまうはずなのに。
その声に、イルカに触れていたカカシの指がピクリと動いた。
「なに?」
「・・・最近、すぐに帰らないんですね」
少し掠れた声でいて、しっかりと聞こえた。
「さあ、今はこうしていたい気分なんで」
再び訪れた沈黙の中、イルカが口を開いた。
「帰ってください」
「なんで?」
「ここにいる必要ないじゃないですか」
むくりと起きあがったイルカは真っ直ぐカカシを見つめる。
光のない闇の中、月の光にイルカの肌が浮かび上がった。
「何のために、ここに来たんですか」
「・・・はあ。突然なに言い出すの?」
何を言いたいのか考える気にもならなかった。
というか、意味が分からない。
気持ち善くなった後に、相手にどうのこうの言って欲しくない。
どんな理由があって自分につっかかるのか。
カカシは眉をひそめた。
何か言おうとしてるのか、言えないのか。
俯いて黙ってしまったイルカの頭をぽんぽんと触る。
「・・・イルカセンセー?」
「・・・どうせ・・性欲処理のために抱いてるんでしょう?」
ソレ、どういう意味?
ガン、と頭に重い衝撃が走った。
目の前にいるイルカが突然豹変した怪物のようにも思える。
闇に輝いている目が、カカシを睨み付けている。
異様な胸のむかつきがカカシを襲う。
気が付けばイルカの腕を掴んでいた。
「っ、いた・・っ」
加減のない力にイルカの顔がゆがむ。
既に慣れているイルカの最奥は、簡単にカカシの指を入り込ませる。
「あっ!?・・・やめっ」
2本、3本と増えた指は止まることがない。
ぐちゅぐちゅと音を立てて、くわえ込んでいる。
「じゃあ、アンタは何で俺とヤッてるの?」
イルカの耳を咬み、荒い息と共に言葉を呟く。
熱い息に、イルカが体を捩った。
答える間を持たせずに、指を引き抜き、熱く猛ったカカシ自身をねじ込む。
「はぁ!・・あぁ・・・や・・・」
イルカの答えは聞かない。
何度も、奥へと突き上げる。
「ねえ。・・・・・・何で?」
頭を振っているイルカを見つめながら、カカシの目は紅く光っていた。
***
じゃあ、何て言えば良かった?
どうしたらあんなに怒らなかった?
あの目。
あの時俺を見たあの目。
怒りなのか悲哀なのか。
酷く自分を責めているように睨んで。
・・・・くそっ。
カカシは眉をひそめて押し黙った。
「・・・カカシ先生」
「あ?」
気配に気が付いて、顔を上げる。
無意識にした返事とカカシの顔に、ナルトの引きつった表情が目の前にあった。
「ああ、・・・・なんだっけ。もうそんな時間か?」
「・・・・さっきそう言ったってばよ」
「そっ、そうよ。もうこれで終わりならアカデミーに戻りましょうよ」
ナルトの後ろに隠れていたサクラも、言葉に付け加えた。
部下にこんな顔されてるようじゃぁ・・・ねぇ。
自分の感情を表に出していたのだと、やっと了解したカカシは3人を眺めて小さくため息を付いた。
「カカシ先生。なんでそんな怒ってんの?」
アカデミーまでの帰り道、やっと聞きたかった事をナルトは口にした。
「さあね、分からん」
自分でも不透明な原因と不愉快な思いに、カカシはそっけなく答える。
「ふーん。・・・誰かと喧嘩したとか?」
両手を後頭部で組みながら、うっすらと核心を突いたような言葉。
返事をしないカカシを、ナルトは少し目を開いて見上げた。
「えっ、カカシ先生喧嘩して機嫌悪かったの?」
サクラがナルトの横からぴょこんと顔を出した。
いつのもカカシに戻ってきたので安心したのか、興味をそそられただけなのか。
サクラはナルトとは反対側に、カカシの横についた。
「そういえば、イルカ先生も機嫌悪かったなあ」
思い出した様にナルトが呟いた。
「・・・イルカ先生が?」
「うん。朝会ったんだけど、挨拶しても素っ気なかったんだ。・・・疲れてんのかなあ」
「・・・ふぅん」
ふっかけてきたのは、イルカ自身なのに。
機嫌が悪いもないもんだ。
「イルカ先生が怒るなんて、よっぽどよね」
「ただ単にお前がうざかっただけだろ」
「ああ!?」
サスケの言葉に、目をつり上げてナルトが睨む。
まあまあ、とカカシが片手で二人の間を離した。
「それに目がすごく赤かったんだ」
「それって機嫌が悪いんじゃなくて、泣いて元気が無かったんじゃないの?・・・まったくナルト。あんた何見てるのよ」
昨日のイルカの目を思い出してカカシは空を見上げた。
怒っていたのは分かるが。泣くほどだったのだろうか。
そんな風に相手を泣くまで怒らせた事はなかった。
お互い同意の元でしてたんじゃないのか。
それともずっと嫌々従ってただけなのか。
直接聞けば済むんだろうけど。
今はイルカと口を利くのも面倒くさい。
頭が、この不快な気持ちと疑問でぐしゃぐしゃだ。
重い足取りのままアカデミーに入る。
そうか、ここでいつも会ってたんだっけ。
報告所に入ってイルカに気が付いた。
イルカもカカシに気が付いていない。
ナルトに聞いた通りいつもの笑みは無く、頭を垂れて机を見つめていた。
3人いる中、迷うことなくイルカの前に立って書類を置いた。
「・・・あ、ごくろうさまです」
その報告書に顔を上げる。
瞬間、イルカの目が大きく開いた。
瞬きすることなくカカシを写している。
目が赤い。
誰が見ても一目で分かる。
きっとアカデミーでも泣いたんだろう。
声をかける言葉も無く、そんなイルカに眉をひそめた。
泣かしたのは自分だ。
そのくらい分かる。
でも、俺を不快にさせたのはイルカで。
そのイルカの言葉を、ふと思い出した。
目の前で泣きそうな顔で報告書に目を通しているイルカと、昨日のイルカと何ら違うわけでもない。
それでも、本当にこのイルカが言ったんだろうか、とさえ思えてくる。
「任務、ご苦労様でした。報告書、承りました」
精一杯作った笑顔。
無表情に見つめたまま、イルカを見下ろして。
「イルカセンセー、今夜ひま?」
気が付いたら、口が開いていた。
「は?・・・・・」
カカシの言葉に赤い目がぱちくりする。
「今夜暇かって聞いてるの」
「え、・・・」
「校門の前で待ってますから」
驚いた顔のままイルカは固まって。
カカシは、そのまま報告所を後にした。
普段からつかみ所のないカカシの言動に対して、誰も気には留めない。
もちろん、カカシ自身気にもしていない。
定時後から2時間。日も暮れて闇が里を包み始める。
疎らにいた教師も消え、誰一人通らない。
自分を避けて別の道から帰ってしまったのか。
しかたないと、アカデミーに背を向けて歩き始めた時。まもなく駆けてくる音が聞こえて。それがイルカだとすぐに分かった。
振り向こうとして、がしっと強く肩を掴まれ、思わず身体がよろめいた。
「今日は当番で遅くなる日だったんです!」
苦しそうにして息を吐きながら。カカシを怒ったように見ている。
「あと、あんな場所でやめてください!」
泣き顔見せてたイルカが、今みじんにもない。
どうしてこの人はこんなに勝手なのか。
たぶん、向こうもそう思っているだろうイルカを見つめた。
「赤い目」
イルカはハッとして、指摘された目を隠すように俯いた。
「あなたとは関係ありませんから」
嘘。
カカシは心の中で呟いた。
嘘だと分かっているはずなのに、イルカの言葉が冷たく感じる。
そう、傷ついている。
言葉のないセックスはいつものことで。
それだけで満足していたのに。
この人は違った。
最初に体の関係を持ったあの日から、イルカの様子をさぐっていた。
この人は自分以外の人とも、俺と同じような関係をつのだろうか。
気が付いたら毎日イルカの元に通っていて。
繋がりを絶ちたくなかった。
「あなたが好きだから」
カカシはボソリと呟いた。
何を言ったのかと、イルカは眉をひそめてカカシを見る。
黒く、真っ直ぐな瞳。
自分だけを写している。
この人を他の人なんかに渡したくない。全て自分の物にしたい。
そう思った時、カカシは笑っていた。
独占欲の塊の自分があまりにも子供過ぎて。
「なんで笑うんですか?」
強い眼差しのまま、じっと見つめられる。
「・・・辛い思いさせてすみませんでした」
その言葉に、ポカンと口を小さく開けて、みるみる顔が赤くなっていくのが分かった。
ものすごく困ったような、嬉しいような、怒っているような。
体は素直なくせに、言葉には上手く出せないのは分かっている。
口をくの字にして俯いたまま動かない。
「あなたが好きなんです。だから毎日会いに行ったんです」
俯いたままのイルカを見つめて。
きっと笑ってくれるんだだろうと思った。
あの笑みで、自分を見つめてくれるのだと。
なのに、イルカは顔をしかめたまま動かない。
「イルカ先生?」
ひょいとのぞき込むと。
固く結んでいた唇が震え、目には涙が溜まり今にも零れんばかりに潤んでいる。
すごく悲しい顔をして。
「イルカ先生・・・?」
自分が酷く狼狽しているのに気が付いた。
目の前でイルカが泣いたのは初めてだ。
零れてきた涙がイルカの頬をつたう。
「すいっ、・・・ませ、ん。あなたがそんな事言うなんて、おも、わなくて」
苦しそうに言葉を詰まらせながらイルカが口を開いた。
手の甲で涙を拭いて、小さく体を震わせている。
恐る恐る、カカシは手を伸ばしてイルカの肩に触れた。
ビクと、イルカの体がはねる。
「あなたが何を考えてるのかか・・・分からなかった。すごく・・・・怖かったんです」
そのイルカの言葉を聞いた途端、きゅうと胸が苦しくなった。
こんな事は初めてで、カカシは両肩を包み込みようにしてイルカを胸に抱き込んだ。
「ごめんね、イルカ先生。泣かないでください」
ゆっくりとイルカの背中を撫でても、すぐに涙が止まるわけでもなく。
カカシに抱き込まれたまま、しゃっくりをして鼻をすすって。
「・・・俺も正直不安だったんです。あなたは俺以外の人ともこうやって関係をもつのかと思って」
その言葉にイルカの体がピクリと動いた。
「あなたは誰にでも優しいから」
「そ、そんな優しいだけで・・・っ、他の人となんか・・・」
「でも分からなかったでんです。あなたの気持ちも分からなかった。お互いに苦しんでいた。・・・でしょう?」
ぐずぐずと鼻を煤って、イルカは黙って聞いている。
暖かいイルカを抱きしめながら、自分の心がすごく溶けていくのが分かった。
人にこんなに優しく出来るなんて、思わなかった。
でも、それがすごく心地良い。
自分の事で泣いている。いけない事だと思うのに、すごく嬉しい。
「今日家に寄ってもいいですか?」
頭を優しく撫でながら問いかけると、少し間をおいて微かにイルカは頷いた。
イルカの両肩を掴んでゆっくりと自分の胸から離す。
濡れている瞼、頬に唇で触れて。まだ少し震えている唇を塞いだ。
柔らかい唇をお互いに貪って。
唇を離すと、イルカがはにかむ様に微笑んだ。
その顔は初めてみた笑顔で。
生徒にも、他のイルカの同僚にも、きっと誰にも見せた事のない表情。
自分にだけ。
そう思うとなんだか悔しくなる。
何で早くこうしなかったんだろう。
そしたらこの人の笑顔をもっと先から独り占めできたのに。
もう一度その想いを確かめるように、カカシはゆっくりと愛おしい人を抱きしめた。
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